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「タイガ」と「トジュ」

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俺はウドゥゲン・タイガに住んでいる
俺の体にはスゲの匂いが染み付いてる
俺はチャルム・タイガに住んでいる
俺の体にはビャクシンの匂いが染み付いてる

種トナカイに乗って行ったなら
俺に仕留められないメスノロジカなんていないさ
メストナカイに乗って行ったなら
俺に仕留められないメスアカシカなんていないさ


         өдүген тайга ウドゥゲン・タイガ (トジュ地方に伝わる、トナカイ遊牧・狩猟採集民の歌)


トゥバ共和国はモンゴル高原の草原地帯と、シベリアのタイガがちょうど交じり合う場所に位置しています。
ステップにおける移動式テントを中心とした遊牧生活の営みは遊牧民としてのトゥバ人の原風景ですが、タイガの奥深くへ入り、クロテンや鹿を仕留め、松果やベリー類を集める、、、そんな狩猟採集民としての顔もトゥバ人にはあります。

夏休みになると多くの人たちがこぞってタイガへ向かいます。男たちはハンティングに、女性や子供たちはタイガに自生するベリー類を摘みに出かけ、長い冬に備えてたくさんジャムを作ります。またタイガのシベリアマツに生る松果「トールック」はトゥバ人たちの大好物。栄養価が高く、体にも良いとされています。そんなタイガで過ごすため、中には休暇期間1~2ヶ月まるまるタイガのダーチャ(別荘)やアール(宿営地)で過ごす人も珍しくありません。

タイガというと鬱蒼とした原生林を思い浮かべる人がほとんどだと思うのですが、トゥバの人たちはもう少し、木があまり生えていない、荒涼とした山岳地帯のこともタイガと呼んでいます。トゥバ南西部、ムングン・タイガ地方はトゥバでもっとも高い山々が連なる山岳地帯。こんな土地もトゥバの人たちにとってはタイガのようです。

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トゥバのムングン・タイガ (2010年撮影)

僕も毎年トゥバを訪れるたびに、何度もタイガへ連れて行ってもらいました。
大自然の中できれいな空気を思いっきり吸いながら松果を集め、実をかじって食べたり、森の中で腹ばいになりながらベリーを集めたりしているうちに、徐々に花や植物を自然と愛でるようになったり、鳥や動物の鳴き声に敏感になったりして、こういった環境がトゥバの音楽に影響を与えて来たんだと感じるようになりました。

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松果(トールック)を集める

今年は縁あって、今まで行きたくても行けなかったトゥバ東北部、トジュ地方を訪れることができました。
トジュ地方はシベリアや北方世界で広く営まれてきたトナカイ遊牧の発祥地と考えられており、トナカイ遊牧民、狩猟採集民としてのトゥバ人の姿が最も色濃く残っている場所かも知れません。

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トゥバの「イビジ」(トナカイ遊牧民)

「トジュを見ずしてトゥバを語るな」という諺があるほど、トジュ地方はトゥバのなかにあっても独特の文化を保った秘境ともいえる場所で、トゥバ人さえもが結構な人が訪れたことがありません。しかし、そんな諺があるほど、トジュは本当に美しい土地。自分もいつかは行ってみたいと長年思い描いてきました。

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トジュ地方はトゥバの東北部にある

今回は友人の従兄弟がトジュの集落で商店を営んでいるため、その仕事のついでに車に便乗させてもらうことができました。

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トジュへの道のり

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川の動力を利用した橋渡し

夜9時ごろ首都クズルを出発、夜中1時ごろ峠の小屋に到着。一泊し、系10時間ほどガタゴト道に揺られ、やっとトジュの中心的な集落であるトーラ・ヘム村に到着しました。ガタゴト道といっても割と最近開通した道で、ソ連時代はヘリで行くしか手段がなかったといいます。

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トーラヘム村

トーラヘムに着いてまず感じたのは、ロシア人が多いこと。通常トゥバは田舎に行くほどロシア人の人口比率は下がっていくのですが、トジュは田舎にしてはロシア人が多い。しかも最近住み始めた感じではなく、完全に地域に溶け込んでいる。同行した友人の話によると、帝政時代からロシア人が金鉱採掘のために徐々にトジュに入植してきたのだそうで、何世代にもわたってトゥバ人と一緒に暮らしてきたのだそうです。

トーラヘムに着いた僕は、まずトナカイを見たいと思いました。ところが村の中を見渡しても、いるのは牛ばかり。
同行した友人に尋ねると、

「ここにはいない。今はタイガのかなり高山地帯に行かないと居ないんだ。」

1980年代初頭、外国に対して完全に閉ざされていたトゥバに奇跡的に入ることに成功し、日本人として一人目のトゥバへの入国者となったジャーナリスト、民族学者の鴨川和子さんは著書「トゥワー民族」の中で、当時ソビエトのソフホーズ生産管理化の下、トナカイ遊牧民やリスやクロテンなどの毛皮を取るハンター達を取材し、トジュ地方の人たちの豊かな暮らしぶりを活き活きとレポートしました。

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しかしソビエト崩壊後ソフホーズ体制は崩れ、トナカイ牧民やハンターたちは現金経済の中に投げ出されることになります。金勘定に慣れない多くの牧民は困窮し、仕方なくトナカイを売り払い、数匹のトナカイを連れてタイガに入っていく牧民が一人、また一人と増えて行ったそうです。彼の話によると、10年前は10000頭居たトナカイも、今は500頭しか居ないと言います。またクロテンなど、昔はドル箱であった毛皮類の値段も暴落し、昔からの暮らしが崩れたトジュは現在高い失業率に苦しめられています。

トーラヘムでは昼間から酒で酔っ払った失業者がちらほら見られ、至るところに酒瓶が転がっていました。
同行した友人は、10年前訪れたときよりも町が汚くなってると僕に語りました。

トジュにはもうひとつ大きな問題があります。トジュの一地域を中国が買収し、資源採掘のコンビナートが建設されたことです。トジュに向かう途中、何度も何度も木材や石炭などを積んだ巨大な大型トレーラーとすれ違いました。この地域には多くの中国人労働者が入植し、資源開発を進めています。多くのトゥバ人にとっては、祖国の資源が外国に略奪されているように感じられるようです。これは歴史的に清朝時代は中国に支配されていたり、ほとんどのトゥバ人が敬虔なチベット仏教徒であることもあり、対中国に対する感情が全般的に良くないことも関係しているように思います。ただ現実的に資源採掘によってトゥバ人にも雇用が発生していることもあり、トゥバ人の中でも意見が割れているようで、複雑な問題だと感じました。

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コンビナート近くの看板。 看板に漢字が書かれているのはトゥバでここにしかない

僕は昨年の8月後半にトジュを訪れたのですが、同時期に大阪の国立民族博物館のプロジェクトチームがトジュに調査に訪れていたそうで、岩波書店の広報誌にモンゴル研究で著名な小長谷有紀先生によるレポートが掲載されていました。その中で、今回プロジェクトのためトジュに同行していた佐々木史郎先生(北方民族研究)が以下ように述べられています。

「トジュ地方に限らず、トナカイ飼育はソ連時代に食肉産業として発展したが、現在は地方政府の補助金で維持されていることが多い。外界から隔絶された山奥での補助金漬けの生活に嫁いで来る女性はいないから、次世代再生産が出来ない。トナカイを飼い、そのミルクを絞り、トナカイに乗って狩猟に出かける。今回撮影したそんな生活は早晩なくなるだろう」


僕のトジュ滞在は、残念ながら今回は短い期間のため一番の目的であったトナカイ遊牧を見ることが出来ませんでした。しかし自分としては先に述べたように多くの問題を考えさせられるきっかけとなった、思い出深い滞在となりました。

ではトジュの滞在で暗い気持ちになったのかというと、そんなことはありません。

今回友人の紹介でトジュに暮らす面白いロシア人の若者と知り合いました。モスクワ出身の彼はインドやチベット、ヨーロッパなどさまざまな土地を移り住んだ後トジュに流れ着き、トゥバ人の女性と結婚しました。ロシア正教徒である彼と、チベット仏教徒であるトゥバ人の奥さんは2人の子供をもうけ、幸せな家庭を築いています。世界中さまざまな場所を見てきた彼は、トジュに住みながらも自由でオープンな考えの持ち主で、「将来クズルからセスナ機を飛ばし、アザス湖(トジュを代表する広く美しい湖)に着水させたい」とわくわくするような夢を僕らに語ってくれました。彼のようなユニークで能力のある若者の力で、トジュの未来が明るいものになってくれることを願ってやみません。

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トジュは本当に美しい

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樹齢数百年の木がごろごろしている




さて、最後に1本の日本映画を紹介したいと思います。「タイガからのメッセージ」という映画です。

この映画の舞台はトゥバよりずっと東、ウラジオストックの北東部にあるビギン川流域のタイガと、そこに暮らす先住民ウデヘの人々を追ったドキュメンタリーです。

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非常に美しい映画で、現在公開中ですので内容は是非見ていただきたいのですが、この映画を見て僕は、ウデヘの人たちにとってのタイガと、トゥバの人たちにとってのタイガは、限りなく近くイコールに思えました。

そして、言わば僕と同じようにロシアの先住民族の人たちと関わり続けながら、彼らを外国人としての立場からサポートしようと活動し続けているこの映画の製作スタッフの人たちに対し、僕は尊敬の念を禁じえません。

僕はトゥバの人たちからトゥバの音楽を教えてもらっています。ただ「貰って」いるだけの、一人のミュージシャンに過ぎません。僕もこれからトゥバに関わっている「外国人」として、彼らのために何が出来るのか、どういった力になれるのか、今はそんなことを漠然と考えているところです。


「タイガからのメッセージ」トレイラー
by teradaryohei | 2013-03-29 22:51 | トゥバ社会


トゥバ音楽演奏家の寺田亮平のブログ。ロシア連邦トゥバ共和国の現地情報、社会、文化、ミュージシャンなど紹介します     dtxmain[at]gmail.com


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